鳥羽離宮跡

        「 鳥羽離宮跡を尋ねて」
「都還りの如し」と言われ、白河上皇によって造営された鳥羽離宮、さらにそれを拡張した鳥羽上皇、鳥羽離宮のありし日の姿をしのび、その跡を訪れました。又、長かった江戸時代が終り、日本の夜明けとなった明治維新のきっかけとなる鳥羽伏見の戦いで、幕府軍と薩長軍が激突した跡地をも尋ねました。

平成27年12月10日(木)   
集合時間 午前9時30分
集合場所 近鉄 竹田駅
行   程 
竹田駅 ⇒ 西畑公園 ⇒ 鳥羽天皇御陵 ⇒ (東殿) 安楽寿院 ⇒ 近衛天皇御陵 ⇒ 北向山不動院 ⇒ (泉殿)白河天皇御陵 ⇒ (田中殿)田中殿跡公園 ⇒ (馬場殿)城南宮 ⇒ 小枝橋 ⇒ (南殿)鳥羽離宮跡公園 ⇒ パルスプラザ(解散)
☞オプション 京セラ美術館     半日コース 
解 散 午後12時 5分

参加者
 一般参加者 29名、 Uji健歩会員 40名  計69名


近鉄 竹田駅から西畑公園へ集まる参加者
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開会の挨拶 林副会長
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深まった黄葉と紅葉のコラボ
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本日のコース説明を担当2班のリーダー司馬さんから
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次回、1月例会(樫原神宮・今井町コース)についての説明、担当3班の森さんから
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体をウォーミグアップで温めて、出発
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          地図は+-で拡大、縮尺、ドラック操作で移動してご覧下さい


鳥羽天皇安楽寿院陵
鳥羽天皇陵

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鳥羽法皇・白河法皇院政の地碑
白河法皇院政の地

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大師堂 
安土・桃山時代(1596)に建立され、弘法大師像を祀っています。

大師堂
安楽寿院
鳥羽上皇が離宮内に造営したのが起源で豊臣秀頼により復興され、後に鳥羽伏見の戦いでは新政府軍の本営にもなりました。
安楽寿院
近衛天皇安楽寿院南陵
鳥羽上皇の皇后美福門院の墓所として用意されたが、近衛天皇が葬られた
近衛天皇陵
日本で唯一多宝塔が残る天皇陵
近衛天皇陵多宝塔

鳥羽離宮

鳥羽離宮は,白河天皇(1053~1129)が創建した譲位後の御所です。現在の京都市南区上鳥羽,伏見区竹田・中島・下鳥羽一帯にありました。鳥羽上皇(1103~56)の代にほぼ完成した。
あたかも"都遷りの如し"といわれました。
敷地は約百八十町(180万平方メートル)。鳥羽離宮を構成する南殿・北殿・泉殿・馬場殿・田中殿などの御所には,それぞれ御堂が附属し,広大な池を持つ庭園が築かれました。

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北向山不動院
鳥羽上皇の勅願によって1130年に創建させたのが始まりで、本堂の不動明王像を北向きに安置して王城鎮護を願ったことから、上皇から北向山不動院の名を賜ったといわれる。mhG_1270.jpg
門を入って右側には『千手観音菩薩』『虚空蔵菩薩』『文殊菩薩』『普賢菩薩』が出迎え
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不動明王三尊へお参り
北向不動
本尊の不動明王は一般公開されておらず1月16日の護摩の時のみ拝観することができます
北向山不動院

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白河天皇 成菩提院陵
白河天皇陵

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左右確認、車は来ていません、今のうちに一斉に渡りましょう
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鳥羽離宮 田中殿の跡
田中殿は鳥羽上皇の皇女八条院の御所でした。
田中殿の跡
城南宮の鳥居が見えてきました。スタンバイした白バイが待ち伏せ、ネズミ取りか
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城南宮
城南宮は、馬場殿に建てられた鳥羽離宮の鎮守社です。
現在は方よけの神社として、また王朝の雅を伝える曲水の宴で知られています。

城南宮鳥居

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城南宮本殿
城南宮

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小枝橋付近 
明治元年(1868)正月三日夕刻、この付近で起きた戦いが「鳥羽伏見の戦い」の発端となった場所である。

小枝橋付近
鳥羽離宮跡公園
この場所は「鳥羽離宮南殿」の跡地で、「南殿」は最初に造られた御所ということらしいです鳥羽離宮公園
12月なのに公園は燃えるような紅葉が
鳥羽離宮公園紅葉
鳥羽伏見戦跡碑(明治45(1912)年建立) 秋の山山頂
鳥羽離宮公園秋の山
鳥羽伏見の戦い碑
鳥羽伏見の戦い
鳥羽離宮跡公園東南
鳥羽離宮の南殿跡が公園として整備され、往時の苑池雰囲気が
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京都パルスプラザ(京都府総合見本市会館)へ到着
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クールダウンをして半日コースを終了、解散 ☞オプション 京セラ美術館へ
パルスプラザ
お疲れさまでした。
担当の2班の皆様ご苦労さまでした。
平安末期の摂関政治から院政をへて武士の時代到来のこの時期に、鳥羽離宮が絶大な権力を誇った院政の舞台となりました。
都遷りと称される賑わいであった栄華は安楽寿院、白河・鳥羽・近衛天皇各陵、北向山不動院、城南宮、南殿の"秋の山"を残すくらいで、院政時の繁栄を示す庭園や殿舎、堂塔は殆ど無く、4年前に放映された大河ドラマ「平清盛」の風景に見られた往時の華麗な片鱗を伺うまでにはいたりませんでした。