大住車塚古墳

      京田辺_いにしえやまのてコースを歩く

  とっくに収穫も終わった11月にJR大住駅からのどかな田園風景を見ながら、古き住宅や点在する神社等を巡り整然とした街並みのJR松井山手駅へと散策しました。
  江戸時代に代官を務めた澤井家住宅、大住車塚古墳を通り、刈取りの終わった田畑、たわわに実り収穫もされず野鳥の餌になっている柿の木や干し柿がつるしてある里を眺めながら、隼人舞が奉納される月読神社から極彩色本殿の天神社を巡り、近年開発された街並みとへ帰って行きました。


平成30年11月14日(水) 
集合時間  午前9時30分
集合場所  JR大住駅(学研都市線)
行   程
JR大住駅 ⇒ 天津神社
 ⇒ 澤井家住宅 ⇒ 大住車塚古墳 ⇒ 月読神社 ⇒ 虚空蔵谷桜並木 ⇒ 天神社 ⇒ 諏訪ヶ原公園(昼食) ⇒ JR松井山手駅 (解散・約6.0Km)

解 散 午後1時20分

参加者  一般参加者 27名、 会員 23名  合計 50名


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JR大住駅で例会の準備する人や参加者の皆さん
大住駅
時間も定刻になり、林会長の挨拶から例会の開催です
Uji健歩会
参加者の皆さん
Uji健歩会
2班リーダーの司馬さんより今日のコース説明
Uji健歩会
いにしえやまのてコース
              (地図は"くるり_京田辺マップ"より流用しています。) 
いにしえやまのてコース
しこを踏む姿勢から肩を入れて・・・・ ストレッチです
ストレッチ
田園地帯を出発します  (この画像はパタパタ動画になっています)
Uji健歩会
天津神社
inse-0852.jpg

   天津神社
天津神社の由緒についての説明
天津神社(あまつじんじゃ)は、天禄年間(970~973年)に創建されたと伝えられている
天津神社

天津神社

澤井家住宅
澤井家住宅
戦国時代に近江の国佐々木六角氏の13代当主佐々木義賢の家臣であったが、主君佐々木氏が織田信長に敗れたあと、この大住の地に帰農し、享保17年(1732年)から曇華院所領地の代官を務めた家柄である。
澤井家住宅

いにしえやまのてコース
静観な田舎風街並みを進みます
大住町

大住車塚古墳
大住車塚古墳
全長66メートル、幅60メートルの大きさ
大住車塚公園
5世紀初期(古墳時代中期)につくられた前方後円墳
大住車塚古墳

inse_1076.jpg
軒下につるされている干し柿 食べ頃ですね
干し柿
鈴なりに実った柿、渋柿でしょうね
鈴なりの柿
収穫の終った田んぼの向こうには月読神社
月読神社

月読神社
月読神社の創建年代は不明。延喜5年(905年)から編集された延喜式年帳に社名が見られることから、それ以前の創建と考えられる
   月読神社

月読神社
10月14日には隼人舞が奉納される
隼人舞は、九州南部の大隅隼人が7世紀頃に月読神社が鎮座する大住に移住し、当社に奉納して舞い伝えてきた。
薩摩隼人舞
          隼人舞
月読神社
先日の台風21号で被害にあった木
台風21号
ここから見覚えのある太陽が丘近くの焼却所が見えています
太陽が丘

田園
しばらく刈り入れの終った田園地帯を行きます
Uji健歩会

葉ボタン
天神社
天神社(てんじんしゃ/あまつかみやしろ)は、延暦4年(785年)に桓武天皇が交野柏原に天神を祀ったのが始まり
天神社

天神社

天神社

天神社
鮮やかな極彩色の本殿
天神社

天神社
昼食場所の諏訪ヶ原公園へ到着
諏訪ケ原公園
金色や朱色、残る緑のコラボが良いですね
諏訪ヶ原公園

諏訪ヶ原公園

諏訪ヶ原公園昼食

諏訪ヶ原公園昼食
次月の例会"山背古道_木津川市を歩く"の案内
山背古道
松井山手の住宅街を進行
松井山手

松井山手
駅近くの公園でクールダウンストレッチ
クールダ゜ウン
JR松井山手駅から帰宅します
松井山手駅

担当の2班の皆さん、応援の4班の皆さまお疲れさまでした。
次回も宜しくお願いします。